原油を買いあさる、あるいは暴落賛美論

既にエネルギー関連株を金融資産の2割弱ほど保有し、原油相場へのエクスポージャーが大きくなっている私のポートフォリオに新たな仲間が加わることとなった。その銘柄はホワイティング・ペトロリアム(WLL)という。昨今の原油価格急落による投資機会があまりにも魅力的過ぎて、エネルギー関連株への傾注に抵抗できなかった格好だ。とても残念なことに、高度に分散された事業内容を持つエクソン、シェブロン、シェルのようなスーパーメジャーや、米国以外での収益が大きい油田サービス会社のシュルンベルジェなどは、原油価格の下落幅と比較して株価の落ち込みが不十分であり、買い増しの候補とはならなかった。

<参考>原油価格とエネルギー株

グラフの上からエクソン、シュルンベルジェ、WTI原油価格、ホワイティング


 ホワイティングは北米最大規模のシェール開発区であるバッケン地区でシェール油田開発を生業としている。原油暴落前に同業の開発業者を38億ドルの高値で買収しており、負債比率が高まっていた。原油価格暴落は運悪くその直後に始まった。かわいそうなホワイティング・ペトロリアム。ホワイティングの14年10月~12月期は惨めな赤字に沈み、債務負担に耐えかねて身売りを宣言したものの、結局誰も買い手として名乗りを上げることはなかった。そして当社は一人で生きていくことを決意し、当面の資金を工面するために第三者割当増資を発表した。15年度のコンセンサスEPSは全ての四半期において赤字が予想されている、そんな企業だ。(それでも時価総額は74億ドル、現在レートで約9,000億円もある)


 ところで、昨年半ばに始まった急落相場は、あらゆる指数の暴落時に表れる典型的な特徴が確認された。
 まず、初期段階として下落は一時的なものだとする論調が幅を利かせる。声の主は石油株へベットしている既存投資家だ。
 しかし、それをあざ笑うかのように価格は下落速度を増し、死屍累々、阿鼻叫喚を巻き起こす。これが本物の暴落であるとようやく悟った投資家やアナリストは、取ってつけたかのようにその理由を考察し始める。慢性的な供給過剰がついに臨界点を超えた、オクラホマ州クッシングの貯蔵設備が間もなく満杯になり開発業者は生産物の投げ売りを余儀なくされる、OPECが価格決定力を放棄し米シェール企業を潰しにかかったのだ、などなど。
 そして暴落の最終段階には投資家は諦めの境地に達し、一人また一人と市場から去っていく。エネルギー株などもう見たくもないと。利害関係から解放された投資家の中には、信じられないような低い価格を予想する者が現れる。今回はCitiあたりにWTIは20ドルまで下落すると予想した者がいた。
 そして今。今は過度な悲観と楽観がなりを潜め、WTI原油価格は50ドル台半ばで落ち着きどころを見つけたような状況だ。
 ホワイティングも相場が特に不安定だった数ヶ月前は、毎日10%近い騰落を繰り返していてとても手が出せる状態ではなかったが、ここにきてWTIと同じ落ち着きを取り戻している。ホワイティングに限らず、安値安定というニューノーマルがシェール関連株に訪れた。

 ニューノーマル。2008年の金融危機後、当時PIMCOに在籍していた通称"債券王"ビル・グロースが使った言葉だ。株式の黄金時代は終わりを告げ、今後は低リターンが常態化するのだと。債券投資を本業とする彼のことだからポジショントークという側面が強いのは理解しているが、それにしても随分とセンチメンタルな発言に聞こえた投資家は多かった。結果はご存じの通り。株価は金融危機前の水準を超え、投資家は大きなリターンを得ることになる。ビル・グロースが謳った新秩序は、よくある滑稽な未来予想に終わった。

 さて、話を原油価格に戻そう。急落の過程で、既に相当数の掘削リグが稼働をストップし、更に大手石油各社はキャッシュフロー確保のために15年度の設備投資計画の大幅削減を相次いで決定した。
 石油資源の探索・開発は在来型の油田であれば数年を要する。在来型であろうが、シェールであろうが、油田は継続的に開発を行わないと生産量が逓減していく。足元の原油需要は伸びこそ鈍化しているものの、落ち込む気配などない。つまり、今ここでオイルメジャーが在来型油田開発のための設備投資を削減した影響は、数年後、おそらく2020年頃に供給不足となって顕在化する可能性が高い。消費者としてはぞっとするシナリオだが、だからこそ石油株を保有してヘッジしておくことは有益なことのように思える。もっともっと足元の原油価格が下落して、エネルギー株が手ひどいダメージを受けたとしても、それは将来のリターンを増すことになるかもしれない。
 価格が下がれば下がるほどリターンが増す。このようなパラドックスに私は魅了される。逆張り投資家にとって暴落は友だ。

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