のれんにまつわるエトセトラ

 投資家の大半は誤解している。もっとも、特に不都合はないので誤解したままでも問題ない。今日は"のれん"の話をしよう。

 のれんは簿価純資産と買収価格の差である。多分そう思っているはずだ。それは会計学的には広義ののれんに位置づけられる。広義ののれんには何が含まれているのかを考えるには、会社が誕生し、その株主価値が簿価純資産を超えていく過程を思い描いてみるのがいい。

 その目的のため、私はここに情報通信会社プレノン・テレコムを創設する。最初のバランスシートは、現金20億円、資本金20億円。以下の例文では、便宜的に事業損益を無視している。

<第一段階>

株主からの出資金により設備投資を行う。
 金額を20億円としよう。バランスシートは、現金20億円が減って固定資産20億円が増える。
 この時点では株主価値と簿価純資産は一致している。

<第二段階>

総務省にロビー活動をして周波数のライセンスを割り当てられる
 ライセンスを獲得したことによる会計仕訳は発生しない。そのため、簿価純資産は第一段階から変化がない。
 しかし、このライセンスはプレノン・テレコムの事業にとって非常に価値があるものであることは言を待たない。
 この時点で、当社はバランスシートに認識されないライセンス権という無形資産を獲得する。当該ライセンスが生み出すであろう将来キャッシュフローを割引現在価値に換算すると、10億円の評価額となりそうだ。

<第三段階>

研究開発活動により通信技術が向上した。
 通信技術向上はライセンス権と同様、会計上は資産計上されない。会計は自己創設のれんを認めないのだ。したがって、簿価純資産は会社創立時から変化がない。
 もちろん通信技術向上は事業を行う上で競争上の優位性となり、当社の将来キャッシュフローを増す効果が認められる。したがって、オフバランスに通信テクノロジーという無形資産が認識される。ライセンス権と同様、評価額は10億円と試算された。

<第四段階>

エッジの効いた広告を打ち出し、加入者が急増する。
 ここで認識される無形資産は、顧客基盤とブランド価値だ。もちろん会計上はバランスシートに認識されない。それぞれ10億円との評価額と試算された。

<第五段階>

プレノン・テレコムがソフトバンクに80億円で買収された。
 今、会社のバランスシートはどうなっているだろうかと自問しかけたところですぐに思い出したことだろう。今まで起きた会計仕訳は設備投資だけだ。つまり、簿価純資産は創設時と同じ20億円。
 簿価純資産20億円の会社を80億円で買収したソフトバンクのバランスシートはどうなるか。
 冒頭で述べた"広義ののれん"は、80億円と20億円の差額である60億円となるのだが、ここまで読まれた方は60億円を細かく分解できることを知っている。
 すなわち、プレノン・テレコム社の80億円の価値は、

1. 簿価純資産 20億円
2. ライセンス権 10億円
3. 通信テクノロジー 10億円
4. 顧客基盤 10億円
5. ブランド価値 10億円

 で構成される。
 2から5まではのれんと一括りにするのではなく、まさしく上記の名称でソフトバンクのバランスシートに記帳される。おそらく、ライセンス権は非償却となり、通信テクノロジー、顧客基盤、ブランド価値は、合理的な耐用年数で規則償却されることになるだろう。
 よくある誤解として、IFRS(国際会計基準)を採用していると、買収価格と簿価純資産の差額はのれんとして減価償却されないというものがあるが、ここで見たように、大半は無形資産として独自に評価額が算定され、無形資産の性質的に必要とあらば償却されるのだ。

 ところで、1から5を合計しても60億円にしかならず、買収額80億円と差があるじゃないかと疑問に思われたことと思う。
 答えを言う前に質問したいが、ソフトバンクはなぜ無形資産価値を全て足し合わせても60億円の価値しかないプレノン・テレコムに20億円の金額を上乗せしたのだろうか。
 "シナジー効果"、まさにこれがその答えだ。20億円はシナジー効果で、狭義ののれんはシナジー効果を意味する。他のあらゆる要素-例えば単に買収者がビッドに競り勝つために非合理的な入札をして跳ね上がった買収額も含め-は、原則として無形資産として買収者のバランスシートに計上され、のれんとは区別される。


 覚えていて損はないと思うが、だからどうしたという意見もよくわかる。とりあえず、お疲れ様でした。

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