CATVと動画ストリーミング配信 -コンテンツ事業者の視点より-

 ケーブルテレビ(CATV)はテレビの信号をケーブル経由で加入者のもとに送信する方式だ。加入者は技術者を自宅へ呼び(あるいは技術者が押し掛け)、受信環境を整えることで視聴が開始される。CATV向けのチャンネルは複数あり、その多くが特定のジャンルに特化した専門チャンネルとなっている。子供向け、時代劇、ニュース、自然番組、ハリウッド大作などなど。ここで既にCATVに係る事業者がインフラを提供する者と、コンテンツを提供する者の二つに大別されることが確認できる。
 インフラ提供者の代表はJ:COMやコムキャストであり、コンテンツ提供者にはそれこそ無数の事業者が存在する。コンテンツ事業者にとっての最重要ミッションは、配信会社が提供するチャンネルパッケージの「基本」プランに組み込んでもらうことにある。というのも、CATVの加入者が加入するプランは複数の層に分かれている。
 第一層である「基本」プランはあらゆる加入者がCATVの開通と同時に契約することになる。第二層、第三層には、よりニッチなチャンネル群が割り当てられ、それらの番組を視聴したい加入者は追加の月額利用料を支払わなければならない。どのチャンネルをどの層に組み込むかは、配信会社の一存によって決まる。最初からニッチを狙っているチャンネルは別として、多くのコンテンツ事業者は、当然このベーシックプラットフォームに入れてもらおうと、自身のチャンネルの認知度や地位を高めるため、コンテンツの質を磨き、マーケティングに励み、配信会社へ必死に働きかける。
 衛星放送も配信方法が衛星経由になること以外は、基本的にCATVと同じモデルだ。
 このビジネスモデルにおいてコンテンツ事業者が売り込むものは、コンテンツ単品ではなく、「チャンネル」だ。チャンネルを売るということは、コンテンツをロット売りするということを意味している。そして視聴率データに基づいて一貫したブランド戦略を立案し、それに沿ったコンテンツ制作や仕入を行うことで、長期的に安定的な収益が約束される。既に確固たるブランドと質を構築し、基本プランに常駐することを許された限られた専門チャンネル(CNN、ディスカバリー、ESPNなど)にとって、CATVや衛星放送の枠組みは非常に居心地が良い。


 そこに風穴を開けたのが動画ストリーミングサービスだった。代表的なプラットフォームはご存じネットフリックス。
 動画ストリーミングの月額プランには、CATVにおける「層」が存在しない。画質の違いによるわずかな料金差は設けられているものの、視聴できるコンテンツは皆同じだ。そして加入者がログインした先に見るのは、もはやチャンネルではなく、無数の単品コンテンツの海となる。
 加入者にとって動画ストリーミングサービスのメリットはいくつかあるが、最も重要なものは次の二点だ。


  • 番組表が存在しないため、決まった時間に席についている必要がない。(好きなコンテンツを好きなタイミングで)
  • 視聴可能コンテンツ量を勘案すると、CATVよりずっと安い。(チャンネル契約という名のコンテンツのロット売りから解放される)


 コンテンツ事業者にとって、動画ストリーミングサービスは上得意先のはずだった。CATVの加入者から月額加入料を徴収する一方、同じコンテンツをネットフリックスへ高値で販売して、追加収益を得る。コンテンツ・イズ・キング。やはり強力なコンテンツは誰もが欲しがり、俺たちの地位は視聴形態が変わっても揺るがない。場を支配しているのはプラットフォーマーではなく、コンテンツなのだ。おそらく、大手コンテンツ事業者はそう思っていたのではないか。少なくとも、最初の頃は。
 しかし誤算はすぐに明らかになる。考えてみれば当たり前のことだが、たかだか月額10ドルで豊富なコンテンツを視聴できる動画ストリーミングサービスの経済性があまりにも突出しているため、月額40ドルを超えるようなCATV契約を解約する者が次々と現れ始めた。これをコード・カッティング問題と呼ぶ。
 動画ストリーミングへのコンテンツ提供が「追加」収益だった頃はまだよかったが、自社のチャンネル契約をカニバり始めたのだから、もう悠長に構えている状況ではない。従来は自社の一貫したブランド構築と有機的に結びついていた貴重なコンテンツ群も、ネットフリックスによるア・ラ・カルト方式のサービスの中では"その他大勢"の一つになり下がり、ブランドは後方に引っ込まざるを得なくなった。その映像作品がどのスタジオで制作されたものなのか、映画ファン以外の一体誰が気にするというのか。ブランドが希薄化する恐怖は、ここで改めて強調するまでもないだろう。
 しかも、単なるプラットフォーマーだったネットフリックスは、今や自身が強力なコンテンツを作り始めている!


 ネットフリックスへのコンテンツ提供を止め、独自のストリーミングサービスを立ち上げようとしているウォルト・ディズニーが立ち向かっているのはこのような状況だ。同社がフォックスの映画部門を買収しようとしているのも、間違いなく自社ストリーミングのコンテンツを充実させることに主眼が置かれている。買収が実現すれば、フォックスのコンテンツも当たり前のようにネットフリックスから引き揚げられるだろう。
 コンテンツとプラットフォームのどちらが強いのか。この勝負の行く末は、余暇時間の収益化がますます重要になるであろう今後の娯楽産業の趨勢を占う上で、とても、とても興味深い。

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