お手軽教科書知識によるB/S分析は時間の無駄

    バランスシートに計上されている固定資産は減損テストで資産性が毀損していないかというチェックを潜り抜けているとはいえ、原則として取得原価主義に基づいている。
 取得原価主義とは、言葉を変えれば過去の取引価格がアンカーになっているということだ。なるほど、確かにとある固定資産をいくらで取得したかという情報はとても有益と言える。ただ、その情報はバランスシートではなく、キャッシュフロー計算書で確認する方が一般的だろう。
 バランスシートに記載されている簿価は、原則として取得原価から減価償却されて逓減していったものだが、悲しいことに、減価償却された後の金額が適正価額だという論理的根拠はない。
 まず出発点となっている取得価額が企業にとっての固定資産活用価値とかけ離れていることがほとんどであること。
 次に物理的および経済的な固定資産減耗を、減価償却が完全再現することは不可能であることが主な理由として挙げられる。
 したがって、「取得価額-減価償却累計額」で計算される固定資産簿価に、情報としての価値はほぼない。資産側である固定資産簿価に意味がないということは、複式簿記によって最終的には相手勘定となる純資産簿価にも意味がないということになる。自己創設のれんの計上を認めない現代会計の限界の一つがここに露呈している。
 しかし財務分析の初級本は、この意味のない固定資産簿価や純資産簿価を基に、固定比率やら、自己資本比率やらを律儀に計算し、初心者にこう指南する。「安全性の目安は、自己資本比率が50%を超えているかどうかで確認しましょう」とか。

 意味がないというなら対案を示せと偏狭な読者は私を責めるだろう。よろしい。
 企業の安全性を確認する際、収益やキャッシュフローなどの方がより重要な情報となるのだが、どうしてもバランスシートだけで判断したいというのなら、現預金と有利子負債のバランスを確認してはどうか。両者とも有形無形固定資産と違い、簿価と時価がほぼ等しいのでそのまま使える。「そんな簡単でいいのかよ」と言われるかもしれないが、B/S情報だけで出来ることといえば、所詮その程度しかない。財務諸表はP/L、B/S、C/Fを組み合わせて確認することで初めて真価を発揮する。
 P/LとB/Sを突き合せてみれば、簿価に載っていない無形資産を感じ取ることが出来る。例えばこんな具合だ。「この企業のROAは非常に高い。これほど少ない総資産で多額の利益をあげられるということは、バランスシートにない無形資産を有しているのだろう。それは一体なんだろう」
 P/LとC/Fを突き合せてみれば、償却費などのノンキャッシュ費用がどれくらい会計上のコストに含まれているか確認できるので、企業の「本当の収益力」が垣間見える。

「馬鹿が…。プレノンよ、お前は分かっていない。物事は複雑であるという指摘には何の価値もない。そんなことは誰でも知っている。真の有能さとは、世界に遍在する複雑性を全て飲み込んだうえで、シンプルな解を提示することだ。わかったら御託を述べていないで、さっさとB/S情報だけで安全性を判断できる指標を提示してみるがいい。」

 例によって霊感がこのような傲慢な声を聞き届けた。
 ならば、安全性を手っ取り早く確認する方法として、時価ベースの自己資本比率を推薦する。通常の自己資本比率は「自己資本簿価/総資産簿価」で計算されるが、自己資本簿価の部分を株式時価総額に置き換えてやれば済む。
 市場はそこそこ合理的に企業の無形資産を測定できるので、そいつが計算した株主持分(=自己資本)価値である時価総額を自己資本比率計算に適用すれば、取得原価主義の弊害を乗り越えられるというわけだ。この手法なら、例えばキャッシュフローは超健全だが、株主還元のし過ぎで簿価ベースでは債務超過になっているフィリップモリスやムーディーズなどの優良企業の自己資本はたちまちマーケットバリューに早変わりし、自己資本比率が高く出る。
 繰り返すが、私はB/Sで安全性判断など行わない。ただ、どうしてもというなら、こういう方法が良いかもね、というだけの話。

コメント

  1. バランスシートだけで判断するのであれば、過去のバランスシートを並べて長期的な変動を確認するのが一番良いかもしれませんね。
    損益計算書の結果どうなったかの答え合わせだけはできるでしょうから。

    答えだけで意味があるのか?と霊感が連れてきた誰かに問われれば、意味があるかどうかは分からないが意味のある自己満足に繋がる可能性がある、と答えます。

    返信削除
    返信
    1. B/Sを時系列にするとそこにフローが浮かび上がりますからね。事実上、財務三表を見ているに等しい。
      いずれにせよ、株式投資において最も重要なのはそれが帳簿に載っているか否かを問わず無形資産だと確信していますので、そいつを確認するにはP/LとB/Sを見比べてやるしかないと思います。
      とにかく、「自己資本比率で安全性を確認しましょう」などという無価値なアドバイスを撲滅すべく、手を変え品を変え主張していくのも乙かもしれません

      削除

コメントを投稿